金正恩の「SLBM技術を完成」と発言の真偽


朝鮮中央通信が金正恩朝鮮労働党委員長が立ち会ってSLBMの
水中発射実験が成功したと発表した。

防衛省も大幅に長い約500キロを飛行したと発表。
前回の4月23日の日本海での試験発射は「成功した」としていたが実際は
空中爆発していたことが判明した。飛距離は約30キロ。

これに比べたら大きく距離も伸び、日米韓をけん制する狙いが的中したかもね。
韓国の発表によると実戦で使えるようになるまでは3-4年かかると踏んでいる
ようだが、一連の動きをみていると、もっと早まるかもと推測している。

いずれにせよ閉鎖独裁国家の生きる道は軍事力の誇示しかないようだ。
頂点の頂点による頂点のための政治といえるでしょう。

今後の動きに目を離せない危険国家です。

北朝鮮豆知識

在日韓国・朝鮮人」が生まれるまで・朝鮮総連

狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」というのは、70年代に人気を博した
交通標語。

だがかつては、日本が現在より遥かに広い土地を持っていた時代もあった。
戦前・戦中、アジアを積極的に植民地化していた頃のことだ。

そうした植民地の代表が、朝鮮半島。日本は1910年、韓国併合によって
朝鮮半島の国権を掌握する。

そして1945年に敗戦を迎えるまで、大陸進出の兵站基地として、また食料・
労働力確保などのために半島を植民地として利川していたのだ。

36年間続いた植民地支配を通じて、本土=日本と半島の間では人的な
行き来も盛んに行われている。

多くの日本人が半島へ渡っただけでなく、さまざまな事情で半島から日本へ
やってきた人々も数百万人に上った。

やがて敗戦で日本が半島から手を引くと、日本で暮らす半島出身者の多くが
自力で本国に帰ってしまう。

しかし一方で、日本に留まった人も少なくなかった匸昃りたくてもその手段や
お金がない、あるいは半島に戻っても生活のあてがないことなどが主な理由だ。

こうして在日韓国・朝鮮人と呼ばれる人々が生まれるのである。
彼らの中には「いつかは半島に帰る」と考えながら暮らしてきた人々が多かった。

しかしその子供や孫、つまり2世や3世は、日本語を母語として育ち、最初から
日本に生活の基盤を置いている。そのため現在の2世や3世は、在日韓国・
朝鮮大として日本で永住する道を選ぶ大が多い。

しかし世界中どこの国でも共通することだが、民族的マイノリティとしての生活
には差別や制度上の不利益など多くの問題がつきまとう。

そのため彼らの利害を代弁することなどを目的に、在日韓国・朝鮮人の団体が
戦後すぐに作られることになった。
こうして生まれた団体のひとつが、在日本朝鮮大総連合会、略して朝鮮総連だ。

狭い国土に同じ日本人が片寄せあって暮らす…というのが、日本人にとっての
この国のイメージ。しかしそこには在日韓国・朝鮮人をはじめとする多様な人々も
暮らしていることを忘れてはいけない。