真田丸 19・9% まずまずの船出!



NHKの大河ドラマ「真田丸」の初回の視聴率が発表されましたね。
19・9%。ままというところでしょうか。

2013年の大河「八重の桜」(21・4%)以来の20%が期待されました
がわずかに及びませんでした。今度の日曜日の第2回が期待されます。

この「真田丸」とは1614年(慶長19年)の大坂冬の陣で、、豊臣方
に味方する真田信繁(幸村)が大坂城の平野口に構築した曲輪
のことである。曲輪とは郭(くるわ)とも書き、土塁、石垣、堀を作って
区画した地域の名称のことだ。

しかし三谷幸喜脚本のこの大河ドラマ「真田丸」の意味合いはちょっと
違うようだ。戦国時代最後の名称と言われる真田信繁を中心とする
真田一族をふっくるめた意味合いに「真田丸」を使用しているようだ。

そんなことはどうでもいいのだが、私の子供のころの記憶では、真田信繁
という名称は記憶にはなく「真田十勇士」の名称が鮮明に残っている。

何と言ってもその十勇士の中でも飛びぬけて猿飛佐助が大人気だった。
その次が霧隠才蔵だ。いずれも有名な忍者だ。
忍者ごっこで誰が猿飛佐助になるのかでもめたような記憶もある。

真田十勇士

、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、
穴山小介(穴山小助)、由利鎌之介(鎌之助)、筧十蔵、海野六郎、
根津甚八、望月六郎の10人となっている。

真田信繁(真田幸村)に仕えた10人の優秀な家臣だとは想像はつくが
実在の人物かどうかは分からない。

真田十勇士の原型は、江戸時代の小説『真田三代記』に由来する
ようだが「真田十勇士」という言葉が使われたのは、大正時代の立川文庫
からである。

子供のころよりファンの猿飛佐助、霧隠才蔵を少し調べてみると
猿飛佐助は架空の忍者のようだがあの天下人、秀吉の家臣であった
猿飛仁助の子孫、上月佐助、三雲佐助賢春の名前が出てきた。

また霧隠才蔵については霧隠鹿右衛門の名が出てきた。
この霧隠鹿右衛門は真田信繁(幸村)の命令で大坂冬の陣で徳川家康
の動きを探るように言われたらしい。

このように真田十勇士は実際の人物と架空の人物が一体になったようだ。

この真田十勇士が大河ドラマ「真田丸」でどう絡んでくるのか楽しみだ。