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黒い森と黒海を結ぶ「青きドナウ」を巡る旅

黒い森から流れ始めるヨーロッパ随一の国際河川

ドナウ川といえば、ヨハン・シユトラウス2世が作曲したワルツ
《美しく青きドナウ》があまりにも有名だ。初演は1867年2月。
ウィーン市民を激励する慈善コンサート「謝肉祭総集編」で演奏する
ために作られた。

この前年の普墺戦争(プロイセン王国対オーストリア帝国)敗戦に意気
消沈するウィーン市民を激励しようと、当初は「くよくよするな」といった
歌詞が書かれていたが不評で、間もなく管弦楽用に書き直され人気を
博した。

ホルンが静かに奏でられる曲の始まりは、ドナウ源流(「ドナウの泉」)と
「黒い森」の情景を描いているという。ドイツの森は深く、背の高い
ドイツトウヒなどの針葉樹がうっそうと茂って一年中暗く、何か棲んでいる
のか分からない。
飢饉に襲われた時代、姥捨て山ならぬ、子捨での森であり、お菓子の
家で知られるブリム童話『ヘンゼルとグレ土アル』の舞台でもある。

ドイツ国内を北流するライン川も、この黒い森を水源とする。長くヨーロッパ
の大動脈の役割を担ったラインとドナウの2本の大河は、同じアルプス
北麓に始まるのだ。ドナウは森から東に流れ、黒海に注ぐ。全長2860キロ。
ロシア国内だけを流れるボルガ川を別とすれば、10力国を通るドナウは、
ヨーロッパ最長の国際河川なのだ。

繁栄の曲がり角に造られたドナウ運河とオペラ座

ドナウ川はかつて、川幅が5キロもあった。平坦なウィーン盆地のあちこ
ちに中州と湿地帯を造り、自由に流れていたのだ。雪解け水による春先
の氾濫はひどく、1870年に当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が
護岸工事を命じた。本流と運河が整備されると、旧ドナウは三日月湖に
変わり、子どもたちの水遊び場になった。

工事は何度も行われ、新ドナウが完成したのは、実に1987年のことだ。
《美しく青きドナウ》が作曲されたのは、最初の工事が始まる3年前だ。
自在に流れる川ではなく、真っ直ぐになった川をシュトラウスが見ていたら、
曲調も違っでいたかもしれない。

”音楽の都”ウィーンの象徴「国立オペラ座」は1869年に完成したが、
これもヨーゼフが命じた。オーストリアで13世紀後半から600年以上に
わたって繁栄を謳歌したハプスブルク家。彼の治世も華やかな時代の
ように見えるが、普墺戦争を機にハンガリーが分離するなど、内実は
崩壊への道だった。

夜景の美しさが。ドナウの真珠々と称えられるブダペストの手前には、
ドナウ大曲がある。ウィーンから東に進んできたドナウ川が、ぶつの山地
を抜ける際に南へと大きく流れを変える。まるでオーストリア帝国の将来
を暗示するように、大きく曲がっていく。

生物の揺りかごデルタで危機に瀕するチョウザメ

ドナウ川は、鉄分の少ない栄養豊富な土を運ぶので、さまざまな作物を
育てる。中流のハンガリー大平原ではパプリカやトウモウコシ、下流の
ルーマニアでは小麦などが収穫される。河口には、ヨーロッパ最大の
湿原地帯。”ドナウ・デルタ”が形成されている。面積は約6800平方キロ、
東京都と神奈川県の合計の約1・5倍もの広さ。

淡水湖・泊地・原生林・砂地など多様な環境をつくり、ヤマネコなどの
哺乳類をはじめ、鳥類300種、魚類100種の生態系を支える。特に
鳥類176種が、ここを繁殖地としている。大型の渡り鳥モモイロペリカン
もその一つ。アフリカの湖で越冬してデルタに戻ってくると、産卵してヒナ
を育てる。

ドナウは、格好のエサ場なのだ。世界三大珍味に数えられる、チョウザメ
の卵キャビア。ドナウ川は、天然のチョウザメが遡上するヨーロッパ唯一の
川でもある。しかし乱獲や環境汚染が重なり、今や絶滅危惧種。

そのほか、絶滅の危機に直面している生物は少なくない。上・中流の
汚染は河口に集約されるから、川の自浄力のレベルを超えてしまったのだ。
各国が協力して現在、水質保全に取り組んでいる。。

ハプスブルク家から近代化へ、繁栄の象徴だったドナウの流れ。その清い
流れが取り戻せる日は、遠くはない。

旅の友

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